アラフィフになってからどれぐらい季節が過ぎた頃だったでしょうか。ある朝、目覚めてカーテンを開けようとした時に思わず我が耳を疑ってしまいました。
よいしょ!
ベッドから立ち上がるただそれだけなのに「よいしょ」という言葉が口から漏れ出たからです。
やる気スイッチをいれるための「よいしょ」
何かをする時に「よいしょ」という大人は昔からいましたよね。その時になんだか年齢を感じさせるなというイメージはありませんでしたか?
私も子供の頃はそう思っていました。身近な大人が言った時には「立つだけなのにヨイショって」と心の中でツッコミを入れたり、「私はおばさんになってもヨイショと言わない若々しいおばさんでいたい」とひそかに決意をしたりしたものです。
ところが、アラフィフとなって私もあの頃に不思議に思っていた「よいしょ」と言うおばさんになっていました。そして、日常生活に目を向けると自分で考えていた以上の使用頻度で驚きました。
立ち上がる時。
階段を上る時。
重い物を運ぶ時。
高い所の物を取る時。
さまざまな状況の中でそれは飛び出します。
(何かの行動をしなければいけないけれど、体力的にしんどかったり疲れていて面倒くさかったりでしたくないんだよなあ。でも、しなきゃならないしどうしよう。)
葛藤の中で、体を動かすためのやる気スイッチが「よいしょ」なのでしょう。その言葉によって自分に気合を入れなおし、残り少ないエネルギーをかき集めて動くための勢いがでてくるのです。
体に染みついた「よいしょ」
しかし、そこまで体の負担にならない状況でも「よいしょ」は出てくることに気づきました。
ブログを書こうとしてパソコンの電源を入れる時。
机の汚れを拭こうとしてティッシュを一枚取った時。
食事中にかぼちゃの煮物を箸でつまもうとした時。
これらはどう考えても体力的な負担はないですよね。ただ、何らかの行動をしようとした瞬間であるということは共通しています。
行動を始める時には「よいしょ」というものだと、私の体にはプログラムされてしまったのかもしれませんね。
やり遂げた後には「どっこいしょ」
「よいしょ」と同様に、年齢を重ねると使いがちな言葉に「どっこいしょ」があります。私もそれなりに使うのですが、どことなく「よいしょ」とは使いどころが違うように感じるんですよね。
仕事を終えてようやく家にたどりついた!
洗濯ものを干し終えた!
夜ご飯の洗い物が終わった!
お風呂から出て髪も乾かしたからあとは寝るだけだ!
何らかの行動をし終えた時に出てくるのです。しかも、その後にのんびりと休む時間があるとか何もしなくていい状況とかに言いがちだと気づきました。
自分にとっての大仕事を終えたという解放感から一気に脱力をする時に、もう休んでいいのだというきっかけを与えてくれる言葉が「どっこいしょ」なのではと感じます。
相棒とともに生きていく
やる気スイッチの入れたいときには「よいしょ」。切る時には「どっこいしょ」。私はそうやってオンとオフを切り替えながら、アラフィフの体力も衰えた身で世の中を泳いでいるのだと気づきました。
もちろん、人によって「よいしょ」「どっこいしょ」の使い方は違うと思うのです。場合によってはどちらもやる気スイッチオンとして使っていて、オフにするときには「フー」とか「ハアー」とか吐息ともため息ともつかないものを出して切り替えているということもあるのかもしれません。
しかし、「よいしょ」などの言葉を声に出しやすい人はオン・オフの言い回しをセットでもっていて、それをうまく使いわけて自分の体調の波と生活を擦り合わせていくのでしょう。
私はこれからもこの相棒たちとともにアラフィフの更年期を乗り切ろうと思います。
それでは今日の記事はこの辺で失礼します。
どっこいしょ。
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