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アラフィフが「おばさん」と言われてショックを受けるのはなぜか

現在アラフィフの私。世間では「おばさん」と呼ばれる年齢です。

白髪が増えてパサつく髪。厚みの出たボディライン。階段を上れば息切れ。電車に乗れば座席にまっしぐら。

自分でもおばさんだとの自覚があります。けれども、「おばさん」と他人から言われるとなぜか傷つくことがあるんですよね。

アラフィフが「おばさん」と言われてショックを受けるのはなぜなのでしょうか。

自分なりに考察をしてみたところ、発言した相手の年齢層によって傷つく理由が違うのではないかと思うのです。

若い人からの「おばさん」という言葉がグサリと突き刺さるのは何故?

一つ目は、若い人から「おばさん」と呼ばれるパターン。今までの経験から言うと圧倒的にこれが多いですね。

若者に「おばさん」と言われて傷つくのはなぜか?

それは言葉の裏側に悪意を感じるからだと思うのです。もっと言えば、あなたと私は違うので一緒にしないでと言われているような気持ちになるのです。

トイレで聞いた若者の本音

具体例を一つあげますね。

以前の職場でのこと。トイレに入ろうとしたら、中から若手社員の声がするのです。耳を澄ませるとこのような声が聞こえてきました。

A子:詠山さん(私)の今日の服見た?
B美:見た。あれ、A子がこないだ買ったのと同じ?
A子:そう。おばさんと一緒のなんて無理。職場に着てくるのはできないな。

だいたいこういう会話でした。

おばさんと同じ服は嫌?

きっと彼女たちは「若い自分」というものに価値を感じているのでしょうね。

若い自分たちはどんどんと新しいことを取り入れてアップデートしている。だから、ファッションにたいしても敏感だ。それなのに、古い価値観のおばさんと同じものを買ってしまった。同じものを着ていると自分のセンスが疑われそうで恥ずかしい。

このような感じなのではないでしょうか。

場合によっては、若者とおばさんの服が被った時に、「おばさんなのにあんな服を着るなんて」という言い方をされることもあるかと思います。その場合は、若さを失ってスタイルも肌のハリも昔とは違うという現実が見えていないと言いたいのかもしれません。

「こっちに来ないで」と境界線を引かれた気持ちになる

年上女性のことを「おばさん」と表現する人は、自分は「おばさん側に入っていない」と思っている可能性が大。しかも、「おばさん」に対して若さを失った存在で自分よりも劣るのだと思っているように感じられます。

だから、アラフィフの私たちが「おばさん」と言われると若さでマウントを取られたような気になるんですよね。そして、若さを持たない者はダメな存在なのかと劣等感までもが刺激されてしまいます。

あなたはおばさんなんだから、このラインを踏み越えてこないで!

「おばさん」という言葉にそのような警告的な意味を感じてショックを受けるのでしょう。

スーパーで年上男性から投げかけられた言葉は親切なのに残酷だった

二つ目は、同年代や年上の人から「おばさん」と呼ばれるパターン。こちらはあまり体験したことがないのですが、ごくまれに存在します。

年上の方に「おばさん」と言われて傷つくのはなぜか?

それは自分が実年齢より年上に見られているのではという不安を感じるからだと思うのです。自分が思うよりも老けて見られているのだろうかなどと余計なことを考えてしまうんですよね。

ありがたいけどツラかったスーパーでの出来事

こちらも具体例を一つ上げてみますね。

それはスーパーで買い物をして店を出ようとした時のこと。高齢の男性から声をかけられました。

「自動ドアのことろにいるおばさん! お財布忘れてるよ!」 

この方のおかげでお財布を忘れずにすんだのは本当にありがたいのです。でも、「おばさん」と言われたことがどうにも引っかかる体験でした。

あなたにふさわしい呼び方は「おばさん」です

おそらくは年上の男性は親切心から声をかけただけ。悪気なんてカケラもないのです。

財布を落としたことを伝えたいけれども相手の名前がわからない。ドアのところにいる人だけだと該当する人が何人かいる。「おばさん」と呼べばそれに該当しそうな人は一人しかいない。これなら大丈夫そうだ。

若いお姉さんでもなければ年を取ったおばあさんでもないから「おばさん」と呼ぶのが適当だという感覚なのでしょうね。

私は何歳に見えていますか?

これまでの自分の人生を振り返ると、他人に対して「おばさん」というワードが浮かんだ時にその相手はいつも年上の方でした。だから、私にとっては「おばさん」は年上女性の代名詞のような意味を持つ言葉です。

同年代や年上の人から「おばさん」と呼ばれること。それは、私にとっては「あなたは私より年上ですよね」と言われているようなものなのです。

私っていったい何歳に見えているのだろう?
もしかして60代と思われている?

まるで若さや見た目が衰えた存在だとレッテルを貼られているような感覚になります。「おばさん」という言葉が自己肯定感を低くすることにつながるので傷ついてしまうのでしょう。

自分で言うのはいいけれど他人には言われたくない

以上に述べてきたように、他人から「おばさん」と言われると傷つくことがたびたびありました。けれども、その一方で自分自身が「おばさん」だという自覚はあるのです。

なぜ他人から「おばさん」と言われたくないのでしょうか。

おそらくは私の中で「おばさん」という言葉がマイナスの要素を含む言葉だからだと思うのです。

若さを失ったり、世の中の変化にうまくついていけてなかったりする存在。

それを自覚するのは短所も含めて客観視できているということです。その一方で、自分を過大評価していると思われたくないという気持ちがどこかに隠れているんですよね。

その状況の中で他人に「おばさん」と言われることは、わかっているけど認めたくない部分を表ざたにされるのと同じこと。例えばこんな感じです。

自分:「最近太ってきたんだよね」
他人:「本当にそうだよね。その体型だとLLサイズの服じゃないと入らないんじゃない。15キロぐらいダイエットした方がいいよ。」
自分「……。」

たとえそれが他人から見た率直な意見だとしてもズケズケと言われれば傷つきます。だから、おばさんは他人から「おばさん」と呼ばれたくないのです。

余裕のある大人になりたい

現状では「おばさん」と言われると傷つく私。けれども、おばさんであることは悪いことではないんですよね。

確かに若さという武器は失います。けれども、さまざまな人生経験を得て人としての円熟味は増していきます。物事をどう受け取るかですよね。

今の私は若さという呪縛から抜け切れていないのかもしれません。最新の情報は知らないけれど昔の物事は詳しく知っているとか、しわはあるけれどこれは笑いじわだから味だよねと思えるようになったら、きっと「おばさん」と呼ばれても笑って受け流せるようになるのでは。

多少は時間がかかっても、そんな余裕のあるおばさんにいつかなりたいものです。

  • この記事を書いた人

えいえむ(詠山依麦子)

アラフィフ非正規おひとり様/日常のこと、読んだ本の感想、ブログ運営の悩み、飼っていた猫の話などが多めの雑記ブログです/

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