本日とりあげる本は平岩弓枝の『御宿かわせみ』(文春文庫)です。最初に読んだのは20年以上前なのですが、最近また読み直しているので記念すべき読書カテゴリーの第一弾としてあれこれ書いてみようかと思います。
御宿かわせみ』とは
『御宿かわせみ』とは、幕末を舞台にした時代小説です。
大川端にある旅籠「かわせみ」の女主人るいと、その恋人の神林東吾は八丁堀育ち。そんな二人の周りには自然と事件が寄ってきます。るいと東吾と仲間たち、みんなで力を合わせて事件に立ち向かっていくというお話です。
この作品はシリーズの第一作。
初春の客/花冷え/卯の花匂う/秋の蛍/倉の中/師走の客/江戸は雪/玉屋の紅
以上の八編が収録されています。この中で、特に印象に残ったお話は「初春の客」。
というわけで、以下はそのお話について書いていきます。
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千代菊とハンフウキの運命
「初春の客」は何十年と続く「御宿かわせみ」シリーズの初めにおかれています。しかし、このお話の重苦しいことと言ったらありません。それは、以下のあらすじを読んでいただくとわかるかと思います。
あらすじ
初春の「かわせみ」に来た客は、小柄な女と頭巾をかぶった大男。オランダとの混血児で遊女の千代菊と、黒人奴隷ハンフウキだった。
長崎で出会い互いに惹かれながら、別々の商人に買われ江戸に来た二人。「かわせみ」で、最初で最後の契りを交わし、心中をしに大川端へ。しかし、千代菊は買い主に連れ戻された。
江戸に異国人を入れるのは天下の法を侵すこと。それを悪徳商人が私利私欲のために行ったと知って、東吾と定廻り同心の源三郎は不正の証拠を突き止めようとする。その頃ハンフウキは千代菊を取り戻し、彼女を背に真冬の海を泳ぎ始めるのだった。
いかがでしょうか? あらすじを読んだだけで、その重苦しさは感じられるかと思います。
どの国で誰の子として生まれるかなんて、自分で決めることはできません。混血児・黒人として生まれたがために、自分の意思とは無関係に売買されて物のように扱われる二人の運命はとても切ないです。
今の時代においては人権教育も子どもの頃から行われますが、幕末ではそのような教育もあまりなかったと思われます。きっとその頃に外国から日本にやってきた人や国際結婚で生まれた子どもは、今では考えられないほど大変な思いをしたのでしょう。
お互いに愛情を抱いていても、自由のない千代菊とハンフウキにはこの世で幸せになる手立てがありません。それがわかっているからこそ、彼らが目指したのは凍てつく海の彼方。囚われの身から自由への旅立ちであるのに、このような方法しか選択肢がないのは悲しいですね。やがて二人は波間に消えていくのですが、最期に二人は希望の光を見たと信じたいです。
るいの気持ちはどうなのだろう
「初春の客」では千代菊とハンフウキの恋に焦点があたっていましたが、シリーズ全編を通しての中心人物はるいと神林東吾。八丁堀育ちの恋人同士です。
確かに恋人同士ではあるのですが、二人の間には夫婦となるには難しい状況がありました。東吾は町奉行所与力の家柄。本人は次男であるものの、兄に子どもがいなかったため家督をつぐ可能性がありました。
一方のるいは、同心であった父親をなくした後に家督を親戚に譲り、自分は大川端で旅籠を開きました。与力の息子と同心の娘ならいざ知らず、(将来の)与力と宿の女主人では身分が違いすぎます。
当時でもその状況を気にしない人はいたのでしょうが、るいは常識人中の常識人。気にならないわけはありません。
夫婦になるのは難しいと思いながらも、東吾を失うのは耐えられない。そのような心に揺れる日々の中で、この世で一緒に慣れない恋人たちの姿は自分と重なる部分も多かったのではないでしょうか。
東吾をいつか失うかもしれない恐怖と、この瞬間に東吾の温もりを感じられる幸せ。そのようなことを、るいは感じていたのかもしれませんね。
読後の印象
「御宿かわせみ」シリーズの幕末のものは全部読んだのですが、八丁堀に縁がある人々の話とあって時には凄惨な事件の話もありました。けれども、読んでいて必ずどこかに救いがあるのです。不正を働く悪人には罰が下り、努力する善人は報われる。後味が悪くならないところがこの物語のよさでもあります。
しかし、「初春の客」についてはその真逆。読後に割り切れない思いが残るのです。あの『御宿かわせみ』シリーズがこんなに救いのない物語から始まったのかと、とても意外な思いがしました。
今回は「初春の客」を取り上げたのですが、シリーズの中にはお気に入りの話や印象に残った話がたくさんあります。機会を見て、そのあたりもまた書いていけたらと思います。