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俳優としての石原良純の話

この記事を読もうと思った方の中に、芸能人の石原良純さんを知らないという人はいないと思います。けれども、その時に思いつくイメージは、バラエティー番組のタレントやワイドショーのコメンテーターや天気予報のキャスターのイメージが強いのではないでしょうか。

実は石原良純さんはもともと俳優として活躍されていました。その中でも、私には特に忘れられない作品が2つあるのです。

皆さんはこれらの作品を知っていますか?

『愛と響子』のテニスコーチ役

一つ目は、『テニス少女夢伝説!愛と響子』(1990年、フジテレビ)。テニスを題材にしたスポ根系のドラマです。

主人公の愛はテニスの英才教育を受けて育ち、トップ選手となることを宿命づけられています。彼女のテニスが上達するようにと、かませ犬的な役割として選ばれたのが響子でした。

石原良純さんは、響子のコーチ役として登場します。黒いシャツ、黒いパンツ、黒いコート。テニスコーチらしからぬミステリアスさを持つ黒ずくめのコーチは、発想も予想外のものでして……。

魔球を教えるコーチ

良純さんが演じたコーチの指導は、一般的なものとはかけ離れていました。響子の武器として、変則的な軌道を描くサーブを教えるのです。いわば、魔球ですね。

打ったサーブが跳ね返ってくる「ブーメラン」。くねくねと曲がりながら飛んでくる「スネーク」。この手の魔球が数種類あったかと思います。

その魔球を習得するための方法も意外性のかたまりでした。魔球を打つためには、それに見合った筋肉が必要なのだとか。そのために魔球養成ギプスをつけて素振りを繰り返すのです。

皆さんは、懐かしのアニメ番組などで『巨人の星』の大リーグ養成ギプスのシーンを見たことがありますか? それの実写版をイメージするとわかりやすいかと思います。

役者ではないのだと勘違い

私が石原良純さんという俳優の存在を知ったのはこのドラマでした。良純さんに対する先入観がなかったためでしょうか。とんでもない思い違いをしていました。

本物の魔球のコーチが、ドラマに友情出演している。

当時10代だったとはいえ、かつての自分の純真さにビックリしてしまいます。けれども、本当にこう思っていました。

時にドラマでは、役者以外の方が出演をすることがありますよね。地方が舞台だから地元の方が出演するとか、スポーツの世界を描いているから本物のスポーツ選手が出演するという類のものです。

そういう感じで、魔球が得意なテニス選手がドラマにでているのだなと思っていました。それぐらいにコーチ役がハマっていて印象的だったのです。

新・愛の嵐のネグリジェ

二つ目は『新・愛の嵐』(2002年、東海テレビ制作・フジテレビ系列)。かつて放送された『愛の嵐』という昼ドラのリメイクです。

地主の娘のひかるとその家の使用人の猛は子どもの頃からお互いに惹かれ合っている関係です。ところが、ひかるの実家は時代の影響もあり没落してしまいました。

良純さんが演じた大河原勇作は、地主からすべてを奪い取るという役柄でした。家、田畑、そして、娘のひかるまでも妻という形で奪い取るのです。

伝説のネグリジェ姿

ドラマの後半では、勇作とひかるの結婚後の生活が描かれることがありました。その時の夜の出で立ちこそ、私が今でも忘れられない一因となっています。

夜に寝る時の男性の格好と言えば、あなたは何が思い浮かべますか? 今だったらパジャマやTシャツやスウェットなどを想像する方が多いですよね。ドラマの時代背景を考えたら着物や浴衣が浮かんだ人がいるかもしれません。

では、大河原勇作は何を着て寝ていたのか。白いネグリジェを着ていました。

コットン素材の肌あたりが良さそうなワンピース。昭和の時代のお母さんが着ていたネグリジェみたいな感じですね。

今でこそ性別関係なく着たい物を着る時代になっていますが、このドラマの放送当時はそうではありませんでした。それだけに働き盛りの男性のネグリジェ姿に視聴者はざわついたのです。

ネグリジェ使用の背景は?

『新・愛の嵐』が放送されてから数年後のこと。美容院で何気なく出された雑誌を読んでいたんですね。そうしたら、偶然にも良純さんのインタビューが載っていたのです。

その中では『新・愛の嵐』の話題がちらほら。もちろん、ネグリジェの話題もありました。私の覚え間違いの可能性もあるのですが、その中に次のような趣旨のことが書かれていました

ドラマの背景となっている時代は海外から新しいものがどんどん入ってきた頃だ。裕福な人の中には最先端のものを求める人も多く、その流れの中でネグリジェを取り入れる人もいたのではないか。

確かこのような内容だったかと思います。良純さんが自ら考えて衣装を提案したみたいな話だったんですよね。

ドラマ放送時はインパクトとか話題作りみたいなことからネグリジェという衣装が選ばれたのかと思っていたのです。けれども、時代背景などのことも考えた上での衣装だったと知って驚きました。だから、今でも印象に残っています。

浮世離れがハマる俳優

以上に、忘れられない良純さんが演じた役を書いていきました。この二つの共通点を考えてみると、どちらも浮世離れをした役柄だということです。

・魔球を教えるコーチ
・戦後まもない時代に成り上がって生活にネグリジェを取り入れた男性

世の中を探せばいるのかもしれませんが、おそらくはかなりの少数派でしょう。だから、たいていの役者が演じれば無理をしている感じがでるのではと思うのです。

けれども、良純さんの場合はそうではありません。現実世界のどこかにこういう人が実在するのかもと思わせられてしまうのです。

ハマる理由を推測すると

どうして良純さんには浮世離れをした役がはまるのでしょうか。

私が推測するに、その容姿と誰もが知る一族出身であることが無関係ではない気がします。

印象に残る顔立ち

良純さんは凛々しい顔立ちをしていらっしゃいますが、職場だの家の近所だのといった場所でよく見かける感じではないですよね。昭和ならまだしも、平成や令和の時代だと個性が際立ちます。

だから、世間でよく見かける属性よりもかけ離れた属性の方がなじみやすいのではないでしょうか。会社員よりも魔球のコーチ、現代人よりも戦前戦後を生き抜く富裕層といった感じで。

有名人だらけの環境

また、良純さんは誰もが知る華麗なる一族のご出身です。父親は作家で政治家。叔父は一時代を築いた人気俳優。兄弟もまた政治家。あまり見かけない環境ですよね。

それだけに、同じ時代を生きている方なのだけれども一般人とは違う世界線を生きる人というイメージがつきまといます。だからこそ、浮世離れをした役を演じても現実感を持って受け止めることができるのです。

忘れてならない探求心

また、良純さんの探求心も無視できません。気象予報士になったり年賀状にかける意気込みだったりをみるにかなりの凝り性ですよね。

『新・愛の嵐』のネグリジェの話のように、良純さんは実在の人物や時代から役柄に生かせる事柄を見つけるのを楽しめるタイプなのでは? だから視聴者は、特殊な役柄であってもそこにリアリティーを感じることにつながるのではと思います。

演技をしている姿がみたい

ところで、良純さんを最近はドラマでは見かけなくなりましたよね。調べてわかった限りでは、2021年以降は演技の仕事はないようです。タレントとしての仕事がお忙しいですから仕方ないですよね。

一癖ある役を印象深く演じることを「怪演」ということがあります。けれども、『愛と響子』とか『新・愛の嵐』とかをみると、良純さんは「怪演」タイプの役柄に現実感を与えるという魅力があります。

二つのドラマを見たのはずいぶんと昔のこと。思い出補正もあるのかもしれません。それでもいまだにとても印象に残っています。

次の良純さんが演技の仕事をするのはいつなのでしょうね。また、いつか俳優としての良純さんがみたいと願うばかりです。

  • この記事を書いた人

えいえむ(詠山依麦子)

アラフィフ非正規おひとり様/日常のこと、読んだ本の感想、ブログ運営の悩み、飼っていた猫の話などが多めの雑記ブログです/

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