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【読書記録】『嘆きの美女』・柚木麻子

読書の幅を広げたくて、最近は読んだことのない作者の本を手に取るようにしています。読後がすっきりとした小説が好きなので探していたところ、知り合いにおすすめされたのが柚木麻子の『嘆きの美女』(朝日文庫)でした。

なお、記事中にはネタバレを含みますのでご注意ください。

『嘆きの美女』とは?

『嘆きの美女』は、主人公の耶居子が美女たちとの共同生活を経て大人の女性として自立をしていく成長物語です。

小説冒頭での耶居子の堕落っぷりはなかなかのもの。無職でアルバイトもせず、家でマンガやネットを見る毎日です。

彼女の生きがいは、見た目に自信のある一般女性のブログに嫌がらせをすること。時にはブログにコメントを書いて炎上させ、時にはブログ主の個人情報を調べ上げて怪文書をおくるなどの行為をするのです。

耶居子が主人公なんだよね。読んだ後に嫌な気分にならない本と聞いていたけれども本当に大丈夫?

そのようなことを感じさせる不穏な始まり方でしたが、最終的には耶居子は立派に成長していったので安心しました。

運命とは皮肉なもの

耶居子が成長するきっかけとなったのは、先ほどにも触れたように美女たちと共同生活をしたことでした。しかし、共同生活の始まりが何とも意外なものでして……。

美人だからこそ感じる悩みを共有するサイト「嘆きの美女」。そのアンチだった耶居子は、オフ会をネットに晒してやろうと植え込みに隠れて待ち構えていました。しかし、その真横にはサイトの管理人を付け回すストーカーが! 美女たちに見つかったストーカーは逃走しますが、耶居子はとっさにその男を捕まえようとして交通事故に遭い骨折するのです。

耶居子は美女たちを嫌っているはずなのに、結果として人助けをしているのが面白いですね。大人の女性として成長するまでの彼女は、人としてどうなのと思うところが多く見受けられます。けれども、根は悪い人ではないのでしょう。

そして、サイトの管理人が、小学校の同級生のユリエであることが判明します。ユリエは「嘆きの美女」の仲間と共同生活をしていました。自分の恩人である耶居子をそのまま見捨ててはおけないと思ったのか、骨折が治るまではと耶居子もそこで一緒に暮らすことになりました。

耶居子だって美女たちを傷つけようとしていたことに変わりはありません。しかし、そうとは知らない美女たちに受け入れられてしまうとは運命とは本当に皮肉なものですよね。こうして耶居子にとってはなんとも居心地の悪い共同生活が始まったのです。

美女たちにもそれぞれ苦労がある

この小説には自他ともに認める美女たちが登場します。そうでない側の私にとっては、美女としての生活はまったくの別世界。勝手に次のようなイメージを持っていました。

美女たちは生まれた時から美女である。だから、子どもの頃からずっとチヤホヤされて常に陽の当たる道を歩き続けている。他人から悪口をいわれたり雑な扱いをされたりはほとんどないのだろう。

ただ、当然ながら美女にだって悩みはあるんですよね。「嘆きの美女」の掲示板に書かれた内容はご覧の通り。

〈本当はひょうきんなのに、取っ付きにくいと思われ、友達ができない〉
〈美人だ、ともてはやされるのに、男の人に告白されたことが一度もない〉
〈気付けば、職場で孤立してしまう。男性上司にひいきされていると噂されてしまう〉

柚木麻子『嘆きの美女』(朝日文庫)

同性からはその美しさのために距離を置かれたり嫉妬されたりして、異性からは性的な視線で見られたり高嶺の花扱いをされたりするような感じですね。

聞いてみれば確かにそうなのです。「美女」と「そうでない人」とでは悩みの質が違うだけ。そうでない人の悩みを知らないからといって、美女が悩みや苦労知らずというわけではありません。

普段はなかなかそのあたりに思い至りませんでした。美女であろうとなかろうと生きている限りは何らかの悩みからはつきまとうもの。そう考えると、別世界にいるように思えた美女たちにも一気に親近感が湧いてきますね。

美女たちも嫉妬に狂えば見苦しい

この小説を読んでいて美女たちに親近感を覚えたことがもう一つあります。それは、美女と言えども嫉妬に狂えば我を忘れて見苦しさが全開になるということです。

嫉妬に狂う出来事

「嘆きの美女」の管理人であるユリエは写真家の男性とつきあっていました。モデルでもある彼女は、彼が自分を被写体に撮影してくれることを望みつつもその経験は一度もなし。それどころか都合のよい女扱いをされていました。

しかし、その彼が耶居子をモデルに写真を撮ったのです。他人の顔色を一切うかがうことなく、自分の思っていることを言いたい放題の耶居子に魅力を感じたためでした。

これはユリエにとっては屈辱的な出来事だったでしょう。自分の方が被写体として格下だといわれたも同然なのですから。嫉妬の鬼となったユリエは耶居子に思いつく限りの悪口を浴びせるのです。

これがなかなかヒドいものでして……。

鬼になったユリエ

耶居子は子どもの頃に、見た目が良くないことから嫌なあだ名をつけられたり見下すような態度を取られたりすることがありました。耶居子とユリエは小学校の同級生。ユリエはそのことをしっかりと覚えていました。

そこで、耶居子の心の古傷をこれでもかとばかりに蒸し返すのです。ののしる言葉のあまりの強さは恐怖心すら感じさせます。

普段のユリエは見た目通りの天使のような人。優しさにあふれていて誰かを傷つけるようなことはありません。それは自分が美女であるという自信、周囲から大切に扱われているという優越感に支えられているからこそできたことでした。

しかし、一度その余裕を失ってしまえば美女も結局はただの人。利害関係のない相手には優しくできても、自分にとって脅威になる相手には優しくなんてしていられないのです。

嫉妬に狂った美女は見苦しくて狂気のかたまりでした。けれども、血が通った人間味に溢れていたのも事実です。身近で狂気に触れたらたまったものではないでしょうが、読者として読んでいる分には美女も人間なのだなと親近感を覚えました。

耶居子と美女たちに足りなかったもの

この小説は耶居子の成長物語だと思うのですが、同時に美女たちの成長物語だとも思うのです。

耶居子に足りなかったものは主に二つ。一つ目は、身なりを整えたり内面を充実させたりするような自分を磨くための努力。二つ目は、自分の取った言動によって相手がどのような気持ちになるのかと想像する力。

そのために、耶居子は社会生活の中で周囲とうまくなじめずに引きこもりとなってしまいます。しかし、それが独特の存在感を生み出して唯一無二の魅力を生み出してもいました。

一方の美女たちはどうでしょうか。彼女たちは自分を大切にすることも他人に気配りをすることもできていました。しかし、それだけに周囲に流されすぎて自分の気持ちがないがしろになっていたのです。

美女の姿をして他人の望むような行動をしていたのならば、それは本質的には人形と変わりがないですよね。だから、美女たちは他人と腹を割った本音の関係が築きにくかったのではないかと思います。

耶居子と美女たちは、共同生活を始めるまでは見た目も心も真逆のような存在。しかし、共同生活の中でお互いの良さを知りました。自分の長所は残しつつも相手から学ぶところは取り入れて、そうやってみんなが人としてより魅力的になっていったのはすばらしいですね。

メンタルがやられている時に読むのには注意が必要

この小説を読んでいると、登場人物と自分の生き方を比較して考えさせられることが多くありました。

・忙しさや年齢を言い訳にして自分磨きをなまけていたのかもしれない。
・他人の気持ちを考えすぎて自分の気持ちが後回しになっていたような気がする。

自分の現状を振り返ることなど日常ではなかなかないですよね。それを考えるよい機会となりました。生き方の指針というと大げさですが、生きづらさを感じていた部分を解消するヒントをもらえた感じがします。

この小説に出会えたこと自体は良かったと思うのですが、一つだけ後悔していることがありまして……。

詠山依麦子えいえむ
詠山依麦子えいえむ

読むタイミングを間違えた!

仕事の繁忙期でメンタルがやられている時期に読んだので、正直に言うと読んでいて苦しいことがありました。

・耶居子が他人に対してダメな点をズケズケと指摘する。
・嫉妬したユリエが、耶居子のつらい過去を蒸し返したり見下したりした言動を取る。

これらの場面は読んでいてつらかったです。相手を傷つけることをいとわないような言葉のキツさを感じるんですよね。時には、私自身に言われているように心にグサグサとささることもありました。もう少し気力体力ともに整っている時に読むべきでした。

もしも『嘆きの美女』をこれから読もうと思ってこの記事にきた人がいたら、その点だけはご注意ください。

  • この記事を書いた人

えいえむ(詠山依麦子)

アラフィフ非正規おひとり様/ブログは2006年から(長い休止期間を含む)/

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