本日とりあげる本は六草いちかの『鷗外の恋 舞姫エリスの真実』(河出文庫)です。以前から興味があったのですが、ようやく機会があり手にすることができました。
『鷗外の恋』とは?
鷗外とは、明治の文豪・森鷗外のこと。その中でも有名な作品の一つに『舞姫』がありますよね。この本はそれに関連しています。
小説『舞姫』では、豊太郎が舞姫エリスとの恋に落ちる場面があります。以前からこの場面には若き日の鷗外の恋物語が投影されていると言われていたのですが、エリスのモデルとなった女性が誰かまではわからずじまいでした。それを特定しようというのがこの本です。
表紙を見るととても可愛らしいイラストがついているので、軽い読み物みたいな本なのかと思っていたのです。けれども、そうではないですね。どちらかと言えば、論文とか研究とかの類のもっと硬派な文章でした。
エリスを探す熱意がすごい
『舞姫』は有名な作品なのでエリスのモデルとなる人がいるらしいことも、実際に鷗外を追って日本に来たことがあるらしいことも知ってはいました。けれども私の場合は、それを知ったところで「そうなんだ」と単純に納得したり、あの時代に一人で海外に来ようと思うエリスの行動力に驚いたりするぐらいのものでした。
けれでも、作者はそれで終わりません。エリスの正体を探るべく数年をかけて探しているという熱意に圧倒させられます。
エリスのモデルとなった人は誰だろう? それを探るために作者は様々な観点から調査をしていきます。
『舞姫』には当時のドイツの地名・建物・通りなどの名がいくつか出てきます。それらを参考にするのだろうなどと漠然と思っていたのですが、作者はそこからさらに調査を深めていくのです。
例えば、次のような感じです。「豊太郎とエリスが出会った教会を探る。」「エリスのモデルが日本に来るときの乗船名簿を調べる。」「当時の住民票を照会する。」「教会にある婚姻・葬儀・洗礼などを確認する。」数え上げればきりがありません。
鷗外と彼女が過ごした時間は今から100年以上も前のこと。鷗外との縁があったからこそ現代日本でも彼女の存在は知られていますが、基本的には市井に生きた一人の女性にすぎません。その人の正体を探るというのは並大抵のことではありませんよね。
読後に感じたこと
この本の冒頭で、エリスのモデル探しについて作者は次のような趣旨のことを述べていました。「エリス探しをするうちに彼女が娼婦であったという説が根付いていると知り、目標が彼女の汚名を晴らすことに変わっていった」という内容です。
私もこの本を読んでいるうちに、目標ではないですが興味の対象が変わったような気がします。
最初は純粋にエリスのモデルとなった女性は誰か知りたいという気持ちでした。けれども、どのようなアプローチで彼女に迫っていくのだろうということに次第に興味が移りました。そして最終的には、無事にエリスの正体にたどり着けますようにという作者を応援するような気持に変わっていったのです。
気の遠くなるような調査を得て、作者はエリスのモデル関する真実を示していきます。正直に言えば、それが本当に正しいのかは研究者でもない私にはわかりません。けれども、作者の丹念に調査する様子を読んでいると、結論にも信憑性が感じられるしそれが正しくあってほしいと強く願わずにはいられません。