それは3月のある日のことでした。仕事を終えて帰宅をして着替えをしていたら、妙に大きなカラスの鳴き声がするのです。
確かに私の家の付近ではカラスをよくみかけます。ゴミステーションの近くでカラスを見ることも珍しくはありません。しかし、それにしても鳴き声が近いのです。今日はカラスの声が妙に近くから聞こえるんだけど……
えっ!どうしてここに?
カーテンを開けてみると、カラスは私の部屋のベランダの手すりにとまっていました。それは声が大きいのも当然ですよね。
しかし、珍しいこともあるものだなあなどとのんきな気持ちにはなれませんでした。昔からの迷信を思い出したからです。
カラスにまつわる不吉な迷信
皆さんも次のようなカラスにまつわる迷信を聞いたことはありませんか?
カラスが誰かの家に来て鳴いているときにはその家に不幸が訪れる
地域によっては迷信に多少の差はあるかもしれませんが、カラスは不吉なことや不幸と結びついて伝えられていることが多いですよね。いまだにカラスをみると身構えてしまいます。
不幸にまつわる迷信としては、霊柩車を見ると親の死に目に会えないというのも昭和の頃にはよく聞きました。しかし、それには親指を隠すと大丈夫だという救済方法がありました。
けれども、カラスが家にきた場合の対策は聞いたことがありません。それが、よりによって私の部屋を狙い撃ちしてやってきたのです。私の身にいったい何があるのか不安がよぎります。
カラスは神からの使者
ただ、ふと思い出したのです。そういえば、八咫烏(ヤタガラス)は神の使いみたいな意味があったことを。
若い時にサッカーの日本代表が好きだったのですが、その頃にサッカーのエンブレムに八咫烏が描かれていたのはなぜかなどと話題を目にすることがありました。日本神話の中で神様の使いの八咫烏が神武天皇を道案内したような話だったと思います。
ここでは神話の内容を伝えるのが本意ではないので、具体的な内容は省略しますね。ただ、調べてみたらやはり「八咫烏=神の使い」ではあるようです。
日本ではカラスというと不吉なものという迷信が広がっていますが、カラスだからと言って必ずしも悪いとは限らないのですね。
人生の転機となる日
ベランダでカラスを見た日は、実は私にとっては特別な日でした。これまでの仕事を辞めることになり、最後の勤務を終えた日だったのです。
正確に言えば、仕事を辞めたというよりも一年ごとの契約を更新せずに他の職場に行くことにしました。更年期で体調不良のことも増えてきたため、通勤や体力の負担が少ないところで働きたい気持ちが増えたからです。
仕事の内容は今までとはかなり変わるので、アラフィフの今から覚えられるかとの心配もあります。また、物価高の時代なのに給料も減ってしまいます。それでも、この数年は命を削りながら働いているような感覚があったのでここで職場を変えなければ倒れるなとの危機感がありました。
これまでの職場はとても居心地が良くて、同僚もとても親切にしてくれました。しかし、アラフィフ独身は倒れても誰かが助けてくれるわけではありません。そこで、思い切って新天地へと進むことを決めました。
これまでの職場から新天地へ。
私がベランダでカラスを見たのは、まさにそのような転換点だったのです。
役目を終えたので次のターンへ進もう
昔からの迷信通りに考えると、私の部屋のベランダにカラスがいたのは私やその周辺に不幸がおこる前触れということになるのでしょう。でも、そのカラスが八咫烏的なものだったらと考えるととてもよいことの前触れ的に思えてきたのです。
今までの職場での命を削りながら働く私は役目を終えた。カラスがベランダに止まった瞬間からは私の第二の人生で、その新たな道の先には今の私にふさわしい世界がある。
そういうふうに思うと、不吉だと思えたカラスの来訪も悪くないなと思えるようになりました。
実際は、カラスは単に疲れて羽を休めていたとか巣の材料になるものを探していただけだと思います。けれども、不吉な予感と思っているよりも幸運の前触れと思っていた方がよっぽど気が楽です。
新天地での生活
こうやってカラスとともに転機を迎えてから数週間。新しい職場でも2週間近くが過ぎました。
今のところは特別よいこともなければ悪いこともない状況です。こういう穏やかな毎日っていいですよね。心が平穏でかき乱されない感じがします。
人によっては今の私の日常は刺激がないと思うかもしれません。けれども、私は浮き沈みが少ない穏やかな日常が一番過ごしやすいので今の状況はなかなか心地がいいです。
もう少ししたら職場の人間関係なども見えてきますよね。そうすると、こんなはずじゃなかったと思うようになる可能性もまだあるのですが、今のところはカラスはどうやら幸運の使者だったようです。
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